高級CCNP
高まる地方分権論は、主として、権限を地方に「委譲すべきだ」という論点にたっている。
もともと、憲法の精神、民主主義の原理からいっても、権限の多くは地方自治体に属すべきだ、という本質論が見失われている。
こうした分権論に決定的に欠けているのは、では地方分権をどのように実現するかという具体的な道筋である。
臨時行政改革推進審議会は一九九二年、地方分権を実験するためパイロット自治体構想を打ち出したが、官僚たちは実際の権限を手放すことを拒否した。
当たり前のことだが、日本は法治国家である。
あらゆる行政の行為は法律によっている。
たとえば、あらゆる補助金の種類や金額、国と自治体の分担率も法律によって決まっている。
金丸事件で入札の改善が叫ばれたが、キチンと実行するためには関連する法律の改正が必要だ。
地方分権論に決定的に欠けているのは、まず何をおいても、どの法律をどのように改正するのかという具体的な提言である。
いくら政治改革を叫んでも、公職選挙法や政治資金規正法のどこをどう変えるのか、政党への資金助成や選挙区の区割りについてどのような新法をつくるのかという具体案がなければ無意味なのと同じである。
法律の具体的な改正案が出てきたとしても、だれのためのものかという視点も重要である。
たとえば、自民党は政治改革の一環として、単純小選挙区制の導入を主張したが、この制度のもとでは、同党が衆議院で圧倒的多数を占める確率がきわめて高いことはさまざまなシミュレーションが示していた。
一九九二年の都市計画法の改正も、建設省は世論の批判に応えるポーズをとりながら、規制緩和をさらにすすめる仕掛けを随所にしのびこませ、同法をさらに政官財の利益のためにつくりかえるという手品をやってみせた。
こうした意味で、一九九二年に国会に提出された都市計画法をめぐる野党側の共同案はきわめて重要であった。
まず、現行法の枠内でも、改正すれば地方分権を実際に、しかも大幅に実現できる道を示したことだ。
第二に、その対象が都市計画法というきわめて重要な法律だったことである。
政治腐敗から共同案のように都市計画法を改正するだけでも、つまり都市計画を鉄のトライアングルのためにではなく、国民のために仕立て直すことによって、こうした病根を取り除く道がひらけてくる。
国民の生活も働きに応じた豊かなものになるし、一九九○年代の最大の国民的な課題になっている「生活大国」実現への回答でもある。
宮沢内閣は一九九二年、年収の五倍で高すぎる土地や住宅まで、いまの日本を蝕んでいるさまざまな病気の根源には、欠陥だらけの都市計画法とその窓意的な運用に大きな原因があった。
政官財のトライアングルにきわめて有利な、容積率を中心にした相次ぐ規制緩和を可能にしたのは都市計画法であった。
こうした規制緩和が都市の乱開発と自然の破壊をもたらし、企業の含み資産を膨張させた。
必要性をめぐる十分な議論もないまま、鉄のトライアングルは高速道路、新幹線、関西新空港、東京湾横断道路、東京都の副都心計画などさまざまな巨大プロジェクトを相次いで実施してきた。
いずれも都市計画法にもとづく決定を受けてである。
規制緩和や巨大プロジェクト、それにともなう公共事業、霞ヶ関が握る膨大な許認可権が政官財の三位一体をすっぽりと覆う腐敗の温床になってきた。
買える住宅というスローガンを、国内ばかりでなく、内需拡大という視点から国際的にも公約とした。
空しく響くのは、バブルの反動で値下りしたところで、バブル以前に比べたら土地の値段がまだ高すぎるからだ。
正確にいえば、バブル以前でも日本の地価は高すぎたのだ。
しかも、地価をふたたび上昇させる恐れがある用途地域・容積率の全国的な見直し作業が一九九六年を目標に始まっている。
年収の五倍という前提も筆者たちには疑問があり、せめて三倍にすべきだと考えている。
都市計画法を共同案のように抜本的に改正して、私たちの生活、つまり住宅やまちづくりを都市計画の中心にすえれば、三倍で可能になる。
具体的には、これまでの規制緩和路線を転換し、欧米なみに自治体がマスタープランをつくり、厳しい用途規制とゾーニングを武器に市民つまり私たちのための都市計画をつくることが、日本の最大の病根である土地問題の解決策である。
国会議員がさまざまな都市計画決定について介入してくるのも、その実権が法律的に建設省に集中しているからだ。
かれらは建設省にだけにらみを利かせるだけで利権を左右することができる。
そうした決定が三千三百もある地方自治体の手に渡り、身近な住民の監視を受けていれば、政治家たちも介入が難しくなるだろう。
権限が中央官庁から離れれば、政治的な腐敗もいまほどあからさまではなくなるだろう。
共同案にたいしては、都市計画を自らの手でやるほど地方自治体や一般国民は成熟していないという強い反論が、建設省や政府の改正案に賛成した自民党などから聞こえてきた。
確かに、これまでの都市計画の実施にあたって、自治体の職員の多くが住民の意向を無視してきた。
それも建設省のガイドラインにしたがったという側面がある。
若手の都市計画課員のなかには、本当の都市計画とは何か、と真剣に考える人々が確実にふえている。
あの宅地開発指導要綱やいま相次いで成立している地のまちづくり条例をみても、自治体に都市計画の能力がないと主張するのは霞ヶ関の利権を守りたい一心からだととられても仕方ないであろう。
共同案が「地方議会に都市計画の議決権をあたえる」としたことについても、議員に建設業者が多く、疑問があるという声は、野党の間からもあがっていた。
地方の行政や議会を建設業者が握っている例は少なくない。
実際、自民党の一党支配が確立するにしたがって、地方議会では公明党、民社党に社会党まで加わった「総与党体制」が支配的になってきたのも、都市計画の緩和や公共事業の「おこぼれ」にあずかろうという動機が大きい。
共同案が目指したのは、こうした疑問を認めながらも、国民にとってきわめて重要な都市計画を市町村やその議会、住民の手に取り戻すことによって、政治を国民一人ひとりの手に取り戻すことだった。
自分たちのことは、自分たちが話し合い、決めていくという民主主義の基本に立ち返ることである。
政官財のトライアングルが甘い蜜を存分にすってきた中央集権制度を分解することこそ日本の腐敗を防ぎ、真の民主主義を実現する道である。
金丸事件の最大の教訓であろう。
都市計画法の運用に国民が目を光らせ、たとえば共同案のように改正していくことが、その教訓をいかす有力な手だてになる。
試されているのは、私たち一人ひとりである。
日本中が金丸事件の話題で持ち切りだった一九九三年三月末に成立した一九九四年度予算に、「第二国土軸」の調査費として初めて千二百万円が盛り込まれていた。
これまでの高速道路網や新幹線網がカバーしていない、北日本の日本海側と西日本の四国から九州へ貫く地帯に新しい高速交通網と通信網をつくろうというのが「第二国土軸」構想の骨子だ。
あらたな巨大プロジェクト、公共工事をつくろうという構想である。
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